冬の散歩
玄関の戸を開けて外に出る。
外気に包まれ全身の皮膚がキュッと引き締まるのを感じる。閉じた毛穴を無理やりこじ開けようと無数の冷たい空気の粒がぶつかってくるせいで顔の表面がピリピリする。一瞬、今日は歩くのを止めにして車にしようかという考えが頭をよぎったけれど、燦燦と輝く太陽を見上げて何とか気を取り直す。鍵を掛け、さむいさむい......と呟きながら僕たち2人は歩いて近所の郵便ポストを目指す。先日売れた絵を散歩がてら出しに行くのだ。このごろは家に引き籠っていて灯油ストーブが吐き出す濁った空気ばかりを吸っているからか、外の空気は妙に澄んで感じられ、肺の末端まで酸素がしみ込んでくるみたいだった。
両側を田んぼに挟まれた道を抜けて、農協のビニールハウスの前まで出る。遠くに見える山の上の方には白く雪が積もっている。山肌のひだがいつもより細かくくっきりと見える気がする。手前に生えている木々はいつもより黒ずんで、ペラペラな薄い紙を張り付けたように見える。梅畑に細かい枝が積んである。最近剪定したのだろう。製茶工場はいつものようにひとけがなく、少し不気味な雰囲気をまとっている。中学校の冬のプールはの水面は青緑色をしていてとても深そうだ。もしかしたら表面は何センチか凍っているのかもしれないけれど、よくわからなかった。プールサイドの床材はべろりと剝がれかけている。授業中だろうか、とても静かだ。遠くで鳥が鳴いている。行き交う車の音が聞こえる。川の流れる音が聞こえる。木材をいっぱいに積んだトラックの振動が伝わってくる。
バス停を通り過ぎ、橋を渡った先にたこ焼き屋さんがある。その店の駐車場の端っこに立てられた真っ赤なポストに絵の包みを投函して、これでひと仕事がおわった。帰路は川沿いを歩くことにする。だばだばと白いしぶきをあげながら、淡い青緑色の水が流れていく。数分後には木曽川のゆったりした流れに合流するはずだ。水面から顔を出している大きな岩の上を名前の知らない(けどよく見る)小さな白い鳥が歩き回る。水がかかったのか、立ち止まって尾羽を震わせている。僕らが近づくとふわりと飛び上がって、近づいた分だけ離れて着地した。そしてまた細い脚をちょこちょこと動かして歩き回る。僕たちは立ち止まり、その姿を眺める。耳を澄ます。水の塊が岩にぶつかって砕ける音、いくつもの水滴が一瞬の宙を経た後に再び本流へ戻るときにたてる音、水が岩の表面をなでる音。川底で小さな石ころが転がる音。もしかしたら大きな石が地面と擦れる音も混ざっているかもしれない。そういう聞き分けることので....